Hold Your Hand: 「対旋律」と「歌姫の復権」
通常、Perfumeの楽曲では、比較的テンションノートが多く含まれるような、リッチな和声が用いられる傾向にあった。ところが、Hold Your Handでは、三和音あるいはそれに7の音を付加しただけのような和声が全面に押し出されており、これまでの楽曲とかなり違う傾向を感じつつも、別種の豊かな響きを感じた方も多いのではないだろうか。これには、この楽曲の中で「対旋律」手法によるラインライティングが用いられている点が関係していると考えられる。
まず、おおまかな「コード進行」を確認しよう(実際には一小節内を二つ以上に分けた法がよい部分もあるが、ここでは一小節一つに単純化して示してある)。
[A]「Hey Baby」で始まる8小節
G G Gadd2/B Gadd2/B C C D Em
[B]「自分も知らない」で始まる8小節
C D Bm Em C D Bm Em
[C]「ねえ Friend」で始まる8小節
C D Bm C Am A D B
[D]「絶対割れない」で始まる8小節
C D/C Bm Em C D/C Bm Em
[E]「Hey Baby」で始まる8小節
C Am Em Em/D C C/B Am D
この曲のキーはG Majorであるが、この調性の中に留まる和声(ダイアトニックコード)がほとんどであり、また、テンションノートも少ないことがわかる。G Majorの調性から逸脱するのは、[C]の部分の6小節目のAの「コード」と、同じく[C]の部分の8小節目のBの「コード」である。前者は、いわゆるドッペルドミナントと呼ばれる、次のDの「コード」に解決させるためD MajorのキーのV度であるAの「コード」を使っている部分である。また、後者は、理論的にはG Majorの平行短調であるE Minorにおいて、ドミナントモーションを明確化するために第7音を半音上げた和声的短音階(または旋律的短音階の上行)によるV度の和音と捉えてE Minorに留まっていると考えることもできるが、本HPでは、マイナーキーの和声的短音階または旋律的短音階の自然短音階からの変位を同主長調の音であると捉えることとしているので、これはG Majorから逸脱したE MajorのキーのVの和音と考える。しかし、いずれにしても、両者はジャズ理論的にはセカンダリードミナントと呼ばれるオーソドックスな「コード進行」に分類される響きであり、やはり、和声的な単純さから大きく逸脱するものとはなっていない。
しかし、この曲にはこれまでとは異なった別種の豊かな響きが感じられる。これは、これまでのPerfumeの楽曲が「和声」指向であったの対し、Hold Your Handが「対旋律」指向であることによるものと考えられる。例えば、[A]の部分で、Hey Baby (I wanna hold your hand)、[C]の部分で、ねえ Friend(ねえ Friend)というように複数の旋律がかけあうようにメロディが書かれている。そして、この対旋律が最も美しく書かれているのが[D]の部分であろう。以下は、この[D]の部分の旋律を採譜したものである。

これをみると、二つの主ヴォーカルパートに対して、Cho01とCho04が主にこれとハモる形でラインが書かれているのに対し、Cho02とCho03は主旋律とはかけ合うような形のラインとなっていることがわかる。これまで、中田氏はハモリをAntares社のHarmony Engineというソフトを用いて作っていたことが多かった。これは、従来のようなCho01とCho04のような形には利用可能であるが、Cho02とCho03のような対旋律には使うことができない。Hold Your Handでこれまでとは異なり、全てのコーラスパートを歌って録ったというのはこのような対旋律の利用が影響を及ぼしていると考えられる。以下の動画は、これをストリングスで打ち込んでみたものであるが、対旋律がもたらす響きの豊かさに圧倒される。
そして、この事は、Perfumeの歌唱法にも新たな可能性をもたらしたといえる。これまで、ハーモニーエンジンを主体として和声を構成するため、中田氏は感情をあまり出さない歌唱法をリクエストしてきた。もちろん、これには、そもそも人間の歌唱は感情を抑えたとしても極めて複雑であり、それと加工音を混ぜることによる効果を狙っていたということもあるが、やはり、楽器の音に近いような歌い方の方がハーモニーエンジン等がかかりやすいという要素もあったはずである。このことから、中田氏は三人の声の特徴を述べた際、あ〜ちゃんの声は弦のようで広げたくなる一方、かしゆかの声は一人でも二人で歌っているように聴こえる、とその音色の特徴に注目している。このような、あえて声の感情を抑えてシンセサイザーの音のように捉えて歌をアレンジする発想から、これまでは、倍音に固有の特徴を持つかしゆかの声を楽曲の中で飛び道具的に用いるアレンジが多かった。
しかしながら、対旋律を基調とする場合、ビブラートなどによる微妙な音程の変化、強弱によるアーティキュレーションなど、いかにフレーズが歌っているかということがもたらす効果は大きい。このため、Hold Your Handでは、これまでの楽曲とは異なり、表情が最も豊かなあ〜ちゃんの声が強く押し出されている印象を受ける。まさに、歌姫の復権といえよう。
PTO: ver1.0 (2014/07/31)