Relax in the City

主和音の第二転回形とトニックペダル=ケルトの水脈: Relax in the City

Relax in the Cityは、主和音の第二転回形の響きと主音の保続であるトニックペダルが一曲を通底する特徴となっている。この特徴は、イントロから強く現れている。以下は、イントロのシーケンスフレーズを打ち込んだものである。

このイントロは、以下の楽譜の1〜2小節目に表される。E△7とA△7の繰り返しによる和声でできている。この曲のキーはEメジャーであることから、これは主和音と下属和音に相当する。

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しかし、実際のシーケンスフレーズで核となっているのは、楽譜の3〜4小節目の音形である。主和音の最初は下から「シ レ#」と積まれ、下の音はEメジャーの5の音であり、これが第二転回形の響きを作っている。

主和音の第二転回形は、メロディが始まった最初のフレーズにも現れる。以下は、この部分を簡単に楽譜にしたものである。わかりやすさを重視して、和声を単純化してある。下の楽譜の6小節目に、ベースがシの音で上部にE△が積まれる主和音の第二転回形が登場している。一般的に、主和音の第二転回形は属和音に連結されて、あわせてドミナントの機能を持つのが伝統的な使われ方であるが、ここではベースの順次進行の中でトニックとしての機能を持っており、イントロでも現れた独特の浮遊感を持つ和声となっている。そして、原曲の2'40''辺りから始まる間奏の最初の部分では、主和音の第二転回形が連続し、強烈な印象をもたらす。イントロから通じて感じられてきた、主和音の第二転回形による不安定感や非解決感はここで最高潮に達する。

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ところで、この非解決感は、もう一つ、主音の保続であるトニックペダルによってももたらされているといえよう。再度、上の楽譜の赤い線で囲った音に着目して頂きたい。主音である「ミ」の音が常に保続されていることが観察できる。通常、機能和声ではDominant Motionである属和音から主和音への連結が解決感をもたらしている。しかし、属和音は主音を含まないため、トニックペダルを継続させるためにはDominant Motionの回避が必要となる。ここでは、8小節目のA△/Bが属和音の代わりに使われており、Sub Dominant MotionによるDominant Motionの回避が行われている。このような構造により、この曲では常に主音がなり続ける、一種、ケルト音楽に通ずるような独特の印象が与えられている。

かつて、坂本龍一氏は、YMOのベストアルバム「UC」のChaos Panicの解説において、「今思うと、「CUE」から始まる一連の5度の積み重ねは、ケルトの伝承の地下水脈がウルトラヴォックスに表れ、それが極東のYMOに飛び火したものと言えます」と語っている。Relax in the Cityは、主和音の第二転回形による不安定感が、ケルトの遠い水脈を彷彿とさせるトニックペダルという静的な構造や非解決感とあわせられ、独特の雰囲気を出すことに成功した作品ということができよう。

PTO: ver1.0 (2015/05/06)